情熱の在処(1)  叱られた話

  • 2017.06.12 Monday
  • 23:32

 

 

こんにちは。

 

 

 

今日は、ジャニーズの公開収録でした。

やっぱ生まれ変わったら、ジャニーズに入りたいわ〜。

歌って踊れることへの憧れは永遠です〜。

(たわごとスミマセンw)

 

 

 

 

もうすぐハワイです。

今回のツアーは、倭のタントラのシンゾーさんとアサミさんのツアーです。

テーマは、「自分との結婚」。

このために自己認識ワークやら、何やらやっているのかな、と思います。

心がザワつきます。こういう風にザワつく時って、いいセミナーになることがほとんど。

でも、いいセミナーって大抵エゴにとっては大打撃。

怖いけど、楽しみです。楽しみだけど、怖い。

 

 

 

☆    ☆    ☆

 

 

 

叱られた話を。

 

 

顔のマッサージの方のお客さんが教えてくれた方です。

婚活カウンセラーなんだけど、

名前を見れば、その人に必要なことが婚活に限らず降ってくるという方。

お客さんが言われたという内容が、

まさに!わたしも(そのお客さんを見て)そう思う!ということだったので、

激安キャンペーン中だったこともあって、申し込みました。

 

 

 

チャキチャキした感じの方で、

あんまりスピスピしていなくて、

スピ的メッセージを下ろしてもらったというより、

この方ご自身の人間的経験から

叱っていただいたなぁ〜〜〜という感じで、

その方の人間性を感じて嬉しかった。

シンプルなメッセージだけど、めっちゃ刺さりました。

 

 

 

わたしが言われたのは、

「頭かたいなぁ〜〜〜〜!!!!!」

 

 

これに尽きる(爆)

 

 

 

え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

まだまだですかっ!!!!!!

結構がんばってきましたけどっっっっっ!!!!て思ったけど、

めっちゃ全然まだまだ頭がかたいらしい。

 

 

 

「こうしなきゃいけないっていうのが強すぎる。

 頭が働き過ぎる。

 みんなが喜ぶ正解を探しすぎる。

 人にどう思われたっていいでしょ?」と。

 

 

 

超直球メッセージで笑っちゃいました。

 

 

 

「あなたの心の中に答えは全部あるでしょう?

 感情がせっかくあるのに頭が潰しにかかっちゃってるのよ!」と。

 

 

 

理屈としては、わかってます。

勉強してます。知ってます。

 

 

 

 

でも、「あ、まだまだだったんだ」っていう

気持ちいいほどの気づきがありましたw

まだまだなら、仕方ないよね、本当。

 

 

 

☆       ☆       ☆

 

 

 

仕事について。

 

 

すぐ眠れなくなるのでー

体調とかも悪くなるのが怖くてぇー

たくさんの人がもしも来たら怖くてぇー

 

 

 

とかウダウダ言ってたら、

 

 

「今、もっともらしい言い訳を言ってるだけなのね。

 自分の情熱がわかってないのよ。

 情熱があったら、溢れちゃって溢れちゃって、

 それを人にもらってもらわないと困るから」と。

 

 

 

 

あぁ、そっか。

情熱か。

 

 

 

すごくシンプルに

自分の感情、

自分の情熱に従えば、

うまくいくしかないっていうね。

 

 

 

そういうのは、何回も知識として仕入れて来たはずなんですけど、

これまでずっと他人事で、

今回はじめて自分ごとになった気がします。

 

 

 

わたしの情熱はどこ?

 

 

 

自己認識ワークをおわって。ショック(1)

  • 2017.06.05 Monday
  • 23:13

 

 

こんにちは。

 

 

うちの盆栽が枯れそうです。ガーンガーンガーン・・・

復活を願うばかりです(>人<)(>人<)(>人<)

 

 

☆    ☆     ☆

 

 

自己認識ワークが一通り終わりました。

35年間の1年間ごとの出来事を振り返ってみると、

これだけで何杯もご飯が食べられそうなくらい、ネタの宝庫になっています。

 

 

終わった瞬間。

自分がこんなに社会的な評価や認められたいという動機で生きてきたのかと愕然としました。全然スピリチュアルじゃない!!!

 

 

 

私は最近になって、「自分で感じて決めて実行することが大事」って書いてますけど、

そう思うようになったのは、昨日今日くらいのことで、つい最近までは、

社会的に認められること(いい学校に行くとか、好きな仕事に就く自分とか、褒められるとか)を基準に右往左往してきたんだな、ということがよくわかりました。

 

 

 

認められたくて頑張ってきたんだ。

 

 

 

ってことを目の前に突きつけられて、息が止まりそうで、震えました。

まじで動悸息切れ・・・ハァハァドキドキ

 

 

 

それに対して、うちの兄は、自分で決めてきたんだ、というのもよくわかりました。

兄はひょんなことから中学受験をすると言い出し、塾に通い始めたんですけど、それも長続きせず、兄のために母は塾をいろいろ探していたし、私もお迎えに行く母について、一緒に待ったりしていました。結果として、まぁ、なんとか合格したんですけど、なんとか受かった学校だよね、みたいな。

 

 

 

兄は浪人の時も、「僕は文系を受ける。論文と世界史と英語しかしない。世界史ができなさすぎて、今から予備校のペースでやっても間に合わないから行かない」といって、自宅学習したんですよね。で、大学は中堅の十分素敵な学校に受かって、家族トキメク。でも辞めちゃいました。父が「大学を辞めるなら家から出ていってほしい」と言ったら、「はい、わかりました。じゃあ〜〜ね〜〜」と言って本当に出てっちゃって、私はあの時の玄関を忘れられません。「本当に出てくのかよ!」って残された私含め家族3人の驚いた顔と、別れを茶化した兄の顔が忘れられない。

 

 

お兄ちゃんは、問題児で(と思っていた)一時期、心配で心配でたまらなかったのですが、彼は自分のことがわかっていて、自分の意思で決めてきただけだったと今は見えます。私が兄のことを心配してヒーラーさんに聞いても「この人は、自分に自信があるから大丈夫です」と言われたのですが、今なら納得。

 

 

私が浪人するとき、兄が親に

「こいつに100万わたして、それで1年間全部やらせたほうがいい。

 それを遊びにつかったら、それまでの奴なんだ」って説得してくれて、

私は100万もらって、予備校代とか払ったんですよ。

 

 

でも、大学って受験するのにお金かかるんですよね。

それをすっかり忘れて、(忘れたフリをして)100万使い切った。

 

 

 

兄は「受験料を出しちゃダメだ」って言ったけど、両親は出してくれました。

 

 

 

今思うと、兄は「自分で決めて自分で責任を持て」ということを教えたかったんだろうな、と思います。

当時は、そんなことは全くわからなかった。自分を殴りたい!殴ってもわからないと思うけど。笑。絶対殴り返されるわ〜〜怖いわ〜

 

 

 

自己認識ワークをして、一番良かったことは、こんな風に他者への見方が変わったことです。

他者の存在が厚みを増します。

今日友人としゃべっていて、なるほどなぁと思ったんですけど、

ドラマに入りこんでいるときは、自分が主役で自分のことしか考えていないけど、

書き出して俯瞰してみると、監督とか観客の立場で見えてくる。

 

 

そうすると、これまで見えていなかった他人の意図が見えてくる。

ドラマに入りこんでいるときは、

「私に何をしてくれたのか」

「私はこの人のせいで(おけげで)どのような感情が湧いたののか」しか目に入りませんが、

他の登場人物は、あたりまえだけど、私と関わっていない時も人生があって、

だから、その人たちの意図は、主観に入りすぎてると見えないことがあるんだなぁ。

 

 

 

そして、幸せな時は幸せだって気づいてない、っていうのも見えてきました。

 

 

多少の不満を抱いているとき。多分それ十分幸せな時。

その幸せを実現させてくれるのは、他者の存在があってこそで。

そういうのが見えてきて、周りの人々への愛おしさ的なものが増します。

 

 

 

ベタですが、今この時を大切にしようと思いました。

目標とかに心を奪われている場合じゃないわ。今を大切にしよう。

 

 

 

 

☆      ☆       ☆

 

 

 

冒頭に戻ります。(盆栽じゃないよ)

 

 

 

これまで社会的に認められたくて右往左往してきた、ということがわかりました。

年数にして、25年くらい。

 

 

社会的に認められたい、それはモテたいとかイケてる風グループに所属しときたいとか、

そういうことも含んでるんですけど、ずっとその葛藤なんですよ。

自意識との葛藤と言ってもいいかもしれない。自意識っていうのは、そのまま人づき合いとの葛藤でもあります。

 

 

人の目。それと、内面が大事という考え。その間でずっと揺れてる。

 

 

葛藤の歴史なんだとも見れる。

 

 

そうすると、もう、自分の人生のテーマがこれなんじゃないかなって思うんです。

(私の持っている数字。3・3・11なんですけど、3は子供や自由さで11はスピリチュアル。11は平行線にも見え、2本の柱がたっているようにも見え、それは常に2本の柱があって葛藤するという意味でもあるそうです)

 

 

今から本気で、自分が好きなこと、自分がやりたいことに軸を持っていくしかねーな、と。

その一方で、私って、自分の価値観で決めるっていうのが本当に本当に本当に苦手なんだなというのも自覚しました。

 

 

どれだけ簡単に自分が他者の価値観にブレてしまうか。

 

 

そこを自覚してやっていくしかないなぁ、と思います。

 

 

 

とはいえ、勢いで35年間をざっと振りかえってしまったので、

また丁寧にやって、35年間を見直したりしたら、違う気づきがあるのかもしれないんですけどね。

 

 

 

では!

 

 

 

 

自己認識ワーク その1 / 実家に帰る / 記憶と現実の違い

  • 2017.05.29 Monday
  • 00:58

 

 

こんにちは。

 

 

今日、いくつ記事を書いてんねんって感じですけど。

 

 

自己認識ワークを始めて、客観的事実で知らないことが多いなと気づきました。

たとえば、何歳で引っ越したのか、3歳の記憶なのか、4歳の記憶なのかとか、

私のお産は難産だったのかどうかとか。

 

 

そういう細かいことがわからなかったので、実家に帰りました。

(別に調べあげなくてもOK。

 でも、他の人にインタビューできるならしてみてもいいんじゃない的なことが書いてあったので、やってみました)

 

 

実家に帰ると親に伝えたら、母が「何かあるのかしら♡♡♡♡」と聞いてきたので、

これは彼氏の紹介を期待されたらマズイということで正直に

「自分史をつくるワークをしています」と伝えました。

 

 

そうしたら、資料をどっちゃり用意しといてくれました。ありがたい。

 

(アルバム・幼稚園のお母さん方の文集がのっている冊子・私がつくった作品・作文)

 

 

 

☆  ☆  ☆

 

 

みなさん、どうですか?

子供の頃のことって覚えてます?

 

 

私は、5歳になる前に引っ越して、しばらく幼稚園にいかなかったので

1人の時間があったんです。

そこで思い出しまくっていたので、子供の頃の記憶ってめっちゃ沢山あるんです。

 

 

 

記憶には自信があったけど、でも、違った。

記憶が間違いだったわけじゃないですが、でも違いました。

 

 

記憶と現実は、違いました。

 

 

 

自己認識のワークの本に、

「人は本能的に危険を避けるために、失敗のことの方を記憶しやすい」

(2度と同じ失敗をしないために)というようなことが書いてあったと思うのですが、

本当にその通りでした。

 

 

前回のブログで書いたみたいに、楽しかった記憶も沢山もっていますが、

それでもスピリチュアルで見ていく場合って、

大抵ネガティブな感情の浄化が鍵になっているし、

ネガティブな感情を中心にワークしていくじゃないですか。

ネガティブなことを積極的に思い出して、探し出して浄化するみたいな。

そういう側面がありません?それを経たからこその今だとは思うのですが。

それのせいもあるのか、なんとなくネガティブな雰囲気を感じ取っていたのです。

 

 

でも、現実は、

 

 

わたしはもっと子供らしい子供だった。

さよなら、シリアスなわたし〜〜〜

 

というのが、発見でした。

 

 

最初に爆笑したのが、3歳のときの幼稚園の冊子に

「宝物はなに?」という質問に

「ダイヤモンドと指輪と首にかけるの(ネックレスのこと)」と答えているところ。

 

 

ダイヤモンドなんてないですから!!!!笑

 

 

母「私も持ってないのに!」と爆笑。

 

 

ダイヤモンドだと思っていた何かがあったんでしょうね。

多分、ダイヤモンドの形をした赤いキャンディがついてる指輪のことだと思うんですけどw

 

 

 

小学校4年の時に、自分の成長の記録を書いた冊子をつくっていて、そこに

「幼稚園の時の宝物は、ダイヤモンドと指輪とネックレスだったそうどぇ〜す」と書いていて、

なんなんだこの軽いテンションはwと思いました。

 

 

同じく、その冊子から↓

 

 

読めます?この右側のコメント。

自分で「かわいい赤ちゃんだったの。」と書く神経wwwww

 

 

どないなっとるんやwwwwww

今となっては羨ましい、その自信wwwww

 

 

 

まぁ、同じ冊子の中に

「1年生のときは、手をあげるのが怖かったです」とか書いてあるんですけども。

わたし人前にでると声がでなくなるんですよね。ビビりで。

 

 

小学校3年生のときの作文には、学芸会のことが書いてあって、

「主役がやりたかったけど、声が小さくて、準主役になりました。

おばあさんの役なので嫌だったけど、主役に近づきたかったので、よかったです。

   (中略)

1年生の劇は、声が小さくて全然聞こえませんでした。先生に

「1年生は、しょうじきだから、(3年生の)劇がつまらなかったら見てくれないよ」と

言われましたが、3年生も同じだなと思いました。

   (中略)

本番前に、(主役の)Eちゃんに「声をゆっくりね」と言ったら、

「百万回聞いた」と言われて、心の中でまぁと言ってしまいました」

 

 

 

とか、赤裸々すぎることを書いていて、性格の悪さに笑いましたwwww

主役やりたかったんだなぁwwwwまじで、お前誰やwwwwww

1年生の劇見なかったんかーい!こえが小さいのは、お前だぁぁああああ!

Eちゃんにどんだけ言ったんだよw嫌われとるやろw

 

 

 

 

自己認識として、自分は大人っぽい子供だったというのがあったんですが、

とんでもなかったです。反省しかない。

 

 

 

作文の最後には、

「お母さんに、どの劇が一番よかった?と聞いたら、「○○○○○(私の劇の名前)」と言って、

お兄ちゃんをさして、内緒ね、といいました。

ここに書いたから、バレちゃいますけど・・・・」

 

 

書くんか〜〜〜いっ!!!っていうね。

(お兄ちゃんも学芸会で劇をやってますからね)

 

 

性格は変わらない。

今も書いちゃいけないことまで書いてる気がしますわ。

 

 

高尾山に遠足でいけてすごい嬉しかったっていう作文

「天気予報が悪かったので、お母さんに行けないと思うよ、と言われて、ムッとしました」とか、

はじめて銀座にいって、暗記するためのシート付きのノートを発見してすごかった!!っていう内容の作文とか、

銀座でそれかいっていうw高尾山がそんなに好きだったつもりもないし、もう感覚が全然わからないw

赤裸々すぎる作文の数々に恐ろしくて、それ以上読み進められませんでした。

 

 

そして、狐の絵が多い。

どうしてそんなに狐を愛していたのか。今となっては謎。

 

 

 

 

 

とにかく爆笑の嵐でした。

 

 

ついでに兄の小3の夢を暴露すると、

「学者になって人の役にたつことを発見したい。(ここまでは立派)

 でも、研究ばかりするのは嫌です。体がなまくらになるからです。

 運動もします。でも、運動していて、発見が遅れるのは嫌です」とか、

最初の4行だけでも爆笑w何を心配しているんだw

彼の希望は、タイムマシンを発見して未来にいくことで、

作文の最後は、「モアイと太陽の中心の研究をしたいです」と結ばれていて、

私よりよっぽどスピリチュアルなことに衝撃www

 

 

なお、現在の兄に聞くと、「全く記憶にございません」ということでしたw

 

 

お兄ちゃんの文集の1つに、合唱のことが書いてあるのですが、

練習してどうたらこうたらという後に

「その時、革命が起こりました。

 後ろの列から、どまん前にいかされたのです。

 まるで田舎から大都会に来た気分でした。

 でも、どまん前だと後ろを気にせずに大きな声で歌えました」

と書いてあって、爆笑。

お兄ちゃんの文章の方が私より圧倒的に面白いということも衝撃w

 

 

 

子供のいる人にとっては日常なのかもしれないですけど、

子供ってこんなに突っ込みどころ満載で面白いんですね。

 

 

(ほうきとモップを振り回して変身する日々)

 

 

写真を見ながら父に「楽しそうだね」と言ったら、

「楽しかったんだよ」と返されて、

それは父自身が楽しかったという表明に受け取れ、

心うたれました。

 

 

 

幼稚園の文集にのっている母が書いた文章が愛情に溢れていて、びっくり。

これを書いた当時、母は今の私よりも若いわけです。

私が未だに自分のことを、あーでもない、こーでもないと言っている間、

父と母は、自分のことは置いておいて、家を買って子供を育てていたわけで。

疑いようもなき献身と愛情。

 

 

事実の力ってすごい。

見えなかったものが見えてくる。

 

 

その一方で、絵本的なものを何冊かつくっていたりするので、

編集という仕事につく予兆はあったんだなぁとか、

なるほどと思うものも沢山ありました。

私の中では、絵本的なものをつくりながら「私って下手だな」と感じた

ネガティブな記憶になっていたのですが、

今客観的に見ると、下手とかあんまり関係ない。

どれも楽しそう。っていうか、一生懸命やっているのがわかる。それが何より。

 

 

今も恐れずに一生懸命生きようと思いましたわ。

 

 

こうやって見直すことで、記憶が書き換わっていった感覚があります。

感傷的にとらえていたものが、無残にもwwwお笑いに変わりました。

そのことによって、自分のどこかが元気になった気がします。

 

 

 

これが統合ってことかしら?

子供時代の何かの破片を、今の自分に統合したのかしら?

 

 

とはいえ、私の暗黒時代は中学なので、

中学のことをどこまで思い出せるのやら。

 

 

 

これはイヤなんですよ。やりたくない。

ま、でもボチボチやっていきます。

 

 

きっと意外な発見があるんだろうから。

 

 

では!

 

 

 

 

 

 

 

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