わけのわからない合宿に参加した話(演劇と、前に前に生きること)その

  • 2015.09.11 Friday
  • 16:30


こんにちは^^ fummyです。

すごい雨でしたね。被害にあわれた方の、速やかな快復をお祈りいたします。

             *          *         *
 

昨日、プリミ恥部さんの4回目の宇宙マッサージを受けてきました。


3回目のときに、「もっと長くやったほうがいいかも・・・」と言われ、昨日はえりさんが予約していた枠をわけてくれたおかげで1時間15分もしていただきました。(えりさんありがとう!)


そして・・・喉をゴシゴシされ、胸から何かが溢れるような苦しいような「なにすんだおんどりゃー!」とプリさんを投げ飛ばしたい衝動にかられながら、咳をしていました。咳が出たのは初めてです。やっと出てきた感じです。プリさんのマッサージ、続けてみるといいかもしれません。(このあと、悲しみと怒りがいっぱい出てきました。これも気づきです)



              *         *         *



さて、合宿の続きです。



2人一組で身体を揺することで、身体の力を抜くことと(=委ねること)と、力むこと(=集中すること、思考すること)なんかをなんとなく体感していって、それから、「ら・ら・らぁーーーーーー」と声を出していきます。


一人が「ら・ら・らぁーーーー」と声を出しながらゆっくり前屈みになって(手の平が床につきそうなくらい)、もう一人が後ろから背中をゆさゆさ縦に横にと揺すると、あら、不思議、空気が流れるのか、思った以上に大きな声が出ます。


こうやって、みんな、いい声が出てきたところで、宮沢賢治の『鹿踊りのはじまり』を朗読していきます。



これは脚本ではなく、普通の短編です。これを回し読みしていると、瀬戸嶋さんが、「じゃあ、ちょっと前に立って」とか、「じゃあ、鹿をやって。あなたも鹿」と、物語に登場する6匹の鹿を割当てられ、物語に合わせて「じゃあ、ちょっと動いてみよっか」という感じで、アレヨアレヨと畳の上に舞台が出来てきました。




瀬戸嶋さんは、ああせいこうせいとは言いません。
 

 ほんとうにすすきはみんな、まっ白な火のように燃えたのです。



こういう台詞のとき、「本当に目の前にすすきが見える?」と言います。


むこうの遠くまで、広がっているすすきを見て、と。


そして、驚くほど的確に、その人がどういうリズムで喋っているのか、どこに力みがあるのか、どこで息を吸って、どこで言葉をのんでしまうのか、を再現してくれます。それによって、自分のクセが理解できます。
 

嘉十かじゅうはおじいさんたちと北上川の東から移ってきて、小さな畑を開いて、あわひえをつくっていました。
 

「『小さな畑』って、どんな畑?。今、「ち」に力が入っていたよ。「ち(!)いさなはたけ」は、小さくないよね?」

と、丁寧に丁寧に言葉を見ていきます。一人一人。


参加者のほとんどは演劇未経験ですが、その的確なツッコミに、宮沢賢治の世界が、どんどん情感豊かになっていきます。


そして、うまいこといくと、「そうだ!今、言葉がちゃんと言えた」というような感じでほめてくれます。


動作をつけるときも、普通の演劇では「もっと怒って」とか「気持ちを込めて」とか言うのかもしれませんが、瀬戸嶋さんは、「もっと足にのって喋って」とか「ここでは、みんなの方向を向いて」とか、そういう具体的なことしか言いません。


そうすると、自然とその人らしいものが出てきます。それが、何とも言えずに、ユニークでおかしいものが出来上がります。

 

「あだまあるが。」
 


この台詞は、鹿野の台詞の1つです。「頭はあるか?」だけです。でも、これを、身体の体重を足にのせて片足を一歩だして、「あだまあるが」と全身で表現すると、それだけで、今こうして思い出しても微笑んでしまうくらい、印象的な台詞に変わります。


面白いのは、表情までついてくることです。動作と言葉と声で、感情が出てくることです。感情は後なんです。


この短編には、歌も出てきます。もちろん、どんな音楽かはわからないので、みんなの即興の作曲です。「人前で歌っちゃうの!?」という感じですが、みんなどんどん歌えるようになるので、不思議です。「踊る」と書いてあれば、踊ります。私も鹿役で、何回も飛び跳ねました。それぞれ勝手に踊ります。


もちろん、恥ずかしいんです。恥ずかしいし、緊張します。でも、みんなでやっていると、そんなことはどうでもよくなっていきます。瀬戸嶋さんのおかげで、声を出す気持ち良さを知り、それから、情景が浮かぶように言葉をちゃんと言うことの魅力のほうがまさります。


「前へ、前へ、前へ!」と瀬戸嶋さんはよくいいます。遠慮しないで、自分の台詞を最後まで言いなさい、と。口の中に台詞をこもらせないで、声を出して、観客に届くように、と。日常生活では、ほとんどが、自分の声や自分の主張を届けようとしないで喋っていることに気づきます。


私は、最後の本番(本番もちゃんとやりました)で、ナレーションをやりました。和室の畳の上につくった架空の舞台にたっただけなのに、緊張して最初はパニックになりました。


それでも、心の中で「前へ前へ前へ」と思って、台詞をどんどん喋っていきます。人に見られている緊張も、自分がどう見えるんだろうという自意識も、打ち捨てて、「前へ前へ前へ」と言葉を読んでいきます。


ちょっと、負けそうになります。人の視線に照れて、これくらいでいいか、と遠慮したくなる自分がいます。そういうときも、そういう気持ちを蹴って、言葉を前に出します。


台本の先を目で追って準備したい自分もいます。でも、瀬戸嶋さんの言う「言葉と出会う」ためには、「今ここ」にある言葉をしっかり言うしかありません。情景を遠くに見て、人の視線に負けないで、声を前に出していくことは、みんなの中で自分を出していくことでもあります。



前へ前へ前へ

蹴って蹴って蹴って

過去を捨てて捨てて捨てて

自分を出して出して出して


こういう瞬間の連続で、それは勇気を出す練習でもありました。舞台って、そういうものだったのか、という発見でもありました。


面白いことに、こうして、必死に声を前に出していくと、感情が出てきます。身振り手振りもつけて、言葉をしっかり話していると自分でも驚くほどの情感が出てきます。みんなもそうです。みんなの台詞も全部、その人らしくて、面白いものでした。


舞台が終わったあと、自分の感情の動き具合いに驚きました。もっと平板に生きていると思っていたのに、たとえばコレは私の台詞ではありませんが、「あだまあるが」の一言が、こんなに豊かな色彩で言えるくらい、豊かな感情があったのだと思いました。



感動的な舞台でした。



瀬戸嶋さんのHP  :  「人間と演劇研究所」http://ningen-engeki.jimdo.com​


瀬戸嶋さんのBlog  :  「人間と演劇研究所Blog」http://karadazerohonpo.blog11.fc2.com

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