少しずつ自分が見えてくる/本能の話

  • 2017.05.07 Sunday
  • 01:29

 

 

こんにちは。

 

 

話は前後しますが、キャンプの前、体が痛くて、天ヒーリングの松本さんに

ヒーリングをお願いしました。

 

 

詳細は書けませんが、

この時は、人間関係のことで、自分が人間関係の中で囚われて萎縮して

自由に振る舞えなくっていくことが苦しかったのだと思います。

 

 

これまで空気を読んで、自分の出方を変えたり、

時には時間をおいて距離をおいたり、近づいて徹底的に話し合ったりして、

何とかしてきた(コントロールしてきた)ことが、

ごまかしがきかなくなってきたというか。

 

 

周りの人とうまくやるため、

あるいは、周りの人の素朴な期待にこたえるために

エネルギーを使うのが無駄に思えてきたというか。

 

 

うまくやろうとすると、ストレートに自分を出せないことがしばしば起こります。

でも、そうしている限り、やりたいことの周辺をぐるぐる回っているだけで、

いつまでたっても、やりたいことに辿りつけないような気がする。

でも、人間関係って大事だよね?

これは家族とか親しい友人とか関係が近い人ほど、そこで期待に応えられなくなるのは苦しくなる。

 

 

で、実はこれ、自分がずっと持っていたパターンなんだよな、と気がついたわけです。

何とかやっていこうとして合わせて、我慢しきれなくなって結果バーンと切る、というのがこれまでのパターン。

これをどうにかしたい。

 

 

松本さんは、私の中でちょっと違う角度から意見をくれる人です。

micaさんが王道の意見をくれる方だとしたら、ちょっと幅を広げてくれる人。

だから、お願いしたのですが。

 

 

松本さんにメールで近況と考えていることを送ったんです。

「葉山に引っ越したいし、書くことに集中してみたいし・・・うんぬんかんぬん」

その結果、お話した第一声が、

「どうしてやりたいことがはっきりしているのに、ヒーリングに申し込まれたんですか?」で

ぐうの音も出ませんでした(笑)

 

 

迷いで一杯だと思っているのは自分だけで、

何をやりたいかという主張は、かなりハッキリしているというw

 

 

松本さんと、人間関係の話をしていて、周りの人とうまくやるためにエネルギーを割くというのは、

幼い頃からやってきたことで、それから抜け出すのはすごく大変だよね、という話になりました。

 

 

あらゆる人間関係には共依存のところが多分にあって、

そこから抜け出すのは、貨幣経済で回っていた世界から貨幣がなくなるようなものでもはや革命。

革命だけど、それをやっていくことになるでしょう、と。

 

 

お金があれば、役割分担がしやすい。

お米だけつくっている人。

大根だけつくっている人。

そういう分担があっても、貨幣があれば、お米も大根も両方手に入るから、

安定してお米だけ、大根だけつくっていられる。

(だからある意味依存もしやすいのかな)

 

 

でも、お金がない経済だったら、物々交換とか信用がベースになるから、

見抜くことが大事になる。見抜くってことが1つヒントですよ、と。

たしかに最初から人を見る力があったら、人間関係ってすごく楽だよね〜

 

 

それから、ああ、そっか、と思ったのは、

私は「断れるようになればいいのに」と思っていたのですが、

そうじゃなくて「まず絡まれない人になるのが先ですよ」と。

 

 

絡まれたり依存される人って、

「何かのエネルギーが過剰で、それを狙われるんじゃないかと思う。

作物を育てるとき肥料がたっぷりの野菜は虫がたかるのと一緒」

と松本さんがおっしゃっていて、なるほどな、と思いました。

 

 

人を助けたいとか、人のために何かしたいとかじゃなくて、

どこかに何か過剰に溜まっているエネルギーがある。

 

 

それで、私の場合は、子供の頃から、本能のままに生きることができなくて、

押さえ込んできた感情が過剰にたまっている、と。

 

 

これまた、なるほどな、と思いました。

小2から塾に通って勉強していたから?

いや、両親の空気を読んでいたからでしょう。

これはcredoちゃんに言われた

「親はもちろん無意識なんだけど、子供のエネルギーを吸ってしまうことがあって、

 それがあるよね」というのにつながります。

credoちゃんのセッションでここを意識していなかったら、

この松本さんの話もよく理解できなかったと思いますから、物事は完璧な流れで起きてますね。

 

 

とにかく、自分が本能のままに生きられないところがあるのは、すごくよくわかる。

(多くの人がそうなのかもしれない)

 

 

それで、今、私に必要なのは、本能のままに生きてみることや感情を表に出すことで

それをするときに「形はあまり大事ではない」というのも大きな発見でした。

 

 

本能は、海のそば、自然のそばに行きたいと思っていて、

書くことと勉強をやってみたいと言っていて、それができさえすれば形はあとからでもいい。

 

 

松本さんが「理想とする形はずっとわからない」とおっしゃっていて、それもなるほどと思いました。

「本能が次にどこに導いていくことはわからなくて、多分1ヶ月ごとに次の展開が見えてくるくらいで、

 1ヶ月葉山に書いてみて、そうしたら答えが降ってくる、でも、それで大丈夫」ということをおっしゃっていました。

 

 

こんな簡単なことが私は今までわからなかったんだなと思います。

信頼して生きるとか、委ねて生きるって、こういうことだよなぁと思います。

 

 

心の声に従う。そのとき、保証を求めない。

保証を求めないのは、信頼するから。

 

 

シンプルに本能を大切にして形は大事じゃない、それでいい、というのは、

何だかとても光をもらった気がします。

きっと「私はただ本能に従っています」というのはわがままに思えるから、

一生懸命形を整えることで、「わがままじゃなくて、この方がいいんです」と言いたかったのかもしれない。

 

 

本能に従った時に、周りの人とうまくやれなくなるかもしれないけど

(期待にこたえられないかもしれないけど)、もうそれでいいや、と思います。

自分のことを大事にしたいと思います。

 

 

本能に従って生きたら、いっかい孤独になるかもしれないけど、

きっとその先でもまた出会いがあるんじゃないかなとも思います。

 

 

では。

 

 

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