氏神様、希望を持つことと現実的であること、怒りの効果

  • 2017.02.12 Sunday
  • 22:40

 

こんにちは。

 

 

今日は、実家に帰りました。

兄の誕生日で。

 

氏神様にお参りしました。

初めて、地元の氏神様に行きました。

 

 

これ、書いたっけ?

沖縄のユタにあわれたお客様が、

氏神様にいきないと言われた話し。

 

 

自分が生まれたところと、

今住んでいるところ、

そして、これまで勤めた会社。

 

 

そうやって、挨拶をしていくことで、

生まれ育ったところから、

きちんと今の住まいに根付くし、

今の会社に根付く・・・

地に足がつく、と言われた話し。

 

 

普段そういうことをおっしゃるお客様ではない方なのですが、

とうとうとお話をされたので、なんとなく私へのメッセージと受け取りました。

 

 

まず、地元に挨拶したかったんです。

本当は昨日が、家族の誕生日なので、

昨日帰るものだと思ったのですが、

家族の都合で今日になりました。

 

 

でも、それも良かったかも。

 

 

今日、満月ですもんね。

 

地元に挨拶したので、

こっちの麻布と六本木の氏神様に

挨拶をしていこうと思います。

 

 

            *     *    *

 

 

希望を持つということは、

範囲を決めることにもなるんだと思います。

 

 

明確に希望を持たなければ、

なんだってできるような余白だらけなのかもしれないけど、

「〜〜したい」って思うことは、範囲が決まる。

範囲って言葉がよくないかもしれないけど、

少なくとも、向かう対象はできる。

 

 

でも、範囲が決まるから、現実的に段取りができる。

 

 

          *   *    *

 

 

「旦那さんがいながら、起業をする主婦が大変なのは、

稼ぐ覚悟をすること」と聞いたことがあります。

稼がなくてもいいから。

 

 

 

起業して、やってくって大変。

人の頼みを断れないとか、

人にものを頼めないとかだとまず無理なんじゃないかな?

(それをサポートしてくれる人がいればいいけどね)

 

 

 

そういう大変さの中でやっていくには、

怒りって便利かも。

 

 

すっごいエネルギー出してくれる。

 

 

”のほほん”でいける時もあると思うんだけど、

でも、自分を深く知ったり、ものを作り出したり、

自分の居場所を社会のなかでつくるときって、

すっごいエネルギーいるよね。

 

 

 

ある程度できちゃえば、また違うモードでいけるんだろうけど。

 

 

そういうエネルギーを出すのに、”危機感”ってすごい便利だなぁ、と思います。

 

 

とはいえ、ベースが癒されてこそ、”危機感”を歓迎できるのだとも思います。

 

 

 

ではでは。2017年面白くするぞ〜!

 

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