面接結果。

  • 2017.09.22 Friday
  • 17:32

こんにちは。

 

 

 

行ってきました。面接。

 

 

 

結果。即採用٩( ´◡` )( ´◡` )۶めでたい。パチパチ。

さすがわたし。自画自賛。

 

 

 

てか、単純に「書いたことのあるライター」と

「自分で考えて調べて書けるライター」がほしいという先方のニーズと

合致しただけです。

 

 

 

そして、ベンチャーあるある?笑ってくれたハチニゲを潰したこと。

ハチニゲで書いた記事のかたいものも持っていって、

これだけ調べながら書くことはできます、と提示できたのもよかった。

 

 

 

ハチニゲ無駄じゃなかったよ!!!!(泣)

 

 

 

この会社がなかなかいい会社だな、と思ったのは2つ。

1つは、ライターに対して、一記事いくらで書かせないところ。

 

 

 

扱っている内容が結構調べないといけない記事というのもあるのだけど、

一記事いくらにすると効率重視して質が下がってくるので、

ライターさんには、基本的には来てもらって、時給で書いてもらう、と。

在宅も考えるけど、そうすると、どう給与計算していいかまだわからないとのこと。

私も、在宅でやりだすとキリがないので出社して書かせてもらうことで一致。

 

 

もう1つは、SEO対策がかなりしっかりしていること。

ハチニゲでは、SEO対策をちょっと勉強したけど、

実践するには至らず終わってしまったので、

キーワードプランナーでみっちり調べてやっているのは、

私にとって、いい勉強になりそう。楽しみ。

 

 

 

キーワードプランナーでみっちり調べているので、

検索した時に、一番最初にヒットするようになっていて、

かなり力があるサイトの模様。

すでに大手から広告を載せてほしいという依頼が来ているとのこと。

まだ収益化はしていないので投資段階だけれど、

もうすぐ回収段階に入るとのこと。

(他の事業で定期収入があるらしい)

 

 

 

ま、そんなこんなで、

イヤイヤやってたメルマガの仕事とか

(まじで半分切れながらやった仕事があるんですよ)

ハチニゲとか、友達が依頼してくれた投資のweb記事とか

全部無駄じゃなかったな、と思って感慨深い。

 

 

 

「将来のキャリアどうしたいんですか?」と聞かれて

「わたし、自分のメディアがほしいんです」と口から答えが。

「ハチニゲを潰したときに、一人でもやるくらいの気概が必要だなと思って」

 

 

 

そしたら、相手が、僕も自分のメディア欲しいんです、といってくれて、

うちの会社は将来独立したい人間が多いので、あってますね、という話になりました。

 

 

 

どっちかっていうと理系の世界なので、

私がどれくらいできるのかわからないけれど、

実際に会社起こして、ゴリゴリやっていっている人たちと

接触することでたくさん刺激をもらえそう。

 

 

週3日は、ここに使う。

週2日は、マッサージとヒーリングを入れてもよし。

のこりの時間は、自分のワークをしていこう。

 

 

というわけで、なんとなくワクワクしてます。

 

 

では。

思い立ったが吉日ね。まじで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日面接にいく

  • 2017.09.22 Friday
  • 00:33

 

 

こんにちは。

 

 

昨日、久しぶりにみちよさんにお会いしてきました。

 

 

ザクッとえぐられました。

みちよさん、いつもおっしゃることは同じというか、

みちよさんの考えにブレは全くないんだから、

頭ではわかっているはずなのに〜〜〜!と思うのに、

こと自分に関することは見えなくなるもので、

またもえぐられました。

 

 

 

まぁ、それはそれとして。

最近カバンばっかり買いたくなるんです、という話をしたら、

「仕事したいんだね」と。

 

 

 

「今、知力が感情を圧倒してしまっているから、

知力をどこかに逃がしたほうがいいよ」と言われて、

それもそうだなぁ、と思いました。

 

 

 

久々に新宿にいって、新しいカバンも買った。

しかもA4サイズが入るカバン。

しかも超ときめくメタリックカラーにフラワー刺繍という

派手派手なカバンを買ったのです。

久々に超テンションがあがるお気に入りのカバン。

(彼に見せたら、ノーコメントだったけどw)

 

 

 

あ、これは本当に仕事がしたいんだな、と自分でも思いました。

 

 

 

 

今日編集ライターのバイト見てたら、

上から4つ目くらいに、ゆるくてベンチャーかつ職場が綺麗っぽいところがあったので、

応募したら、メールが来て、明日面接にいくことに。

 

 

 

展開はやいなぁ。さすが1917年です。現実化がはようございます。

 

 

 

さっき履歴書を書いていたんだけど、

これって自分を客観的に見させられる。

 

 

 

ずうぅっと編集できて、突如、顔のマッサージを開業するという。

なんという唐突感。

 

 

 

でも、ワタクシこれができまっせ、という提出物をまとめていたら、

「編集バリバリ」の世界では「私ってたいしたことないなぁ」と思っていたけれど、

「ワードプレスもやってみたし」と自分がいろいろとやってきたんじゃないかと少し思えてきた。

ハチニゲ失敗したけど、失敗エピソードがあるのも愛嬌くらいに。

 

 

 

まぁ、そもそも編集企画立案アポどり〜〜とかの一連の仕事

そのものの経験も捨てたものではない、と、時間がたって思えるようになってきた。

 

 

 

退職した直後も働いている時も、そのスキルに何の価値も感じられなくて、

自分がつくった雑誌のほとんどは捨ててしまったのだけど、

捨てなければよかったなぁ。

 

 

 

そして、こういう風に「自分のスキルなんてたいしたことないし」

「誰だってできるし」と思うことが、自分への厳しさなんだな、と改めて思った。

今も「誰だって日本語書けるし」って思うし、「誰だってヒーリングできるし」と思う。

まぁ、それは事実なんだけど。

みちよさんにも、相変わらず、そのようなことを指摘されたのですが、

図星すぎてまだ詳細を書く気が湧き上がらず。うう。

 

 

 

 

ま、どうなるかわからないけど、行ってみる。

もうこの歳になると、面接自体が楽しみっていうね。

歳をとるのも悪くない。

 

 

 

思いたったが吉日です。

 

 

では〜

 

 

 

取り急ぎ。仮想通貨とお金に対する思い

  • 2017.09.20 Wednesday
  • 08:15

 

 

こんにちは。

 

 

 

今日は、朝から出かけるので、取り急ぎ。

ちょいゆっくり起きたので、書く時間がなし。

 

 

 

自己認識ワーク&アカシックレコードのはっしーさんのブログ、

時々チェックしてます。

 

 

自己認識ワーク、すごいよかったと思うんだよね、今になって。

なんかこう自分の中にあるものをモウモウとかきたてて、

その状態でマウイに行ったことで、よりクリアになった気がする。

 

 

自分自身を理解することと、自分が本心でやりたいことのために勇気を持つことって

ニアリーイコールな気がする。

なんかほぼ勇気が全てな気がしている。

(というのは、ここ最近神話系の本を読んでいるからかもしれない。

 ここも超面白くて、興奮。また書きたい。でも、書きたいって書いたことって

 わたしほとんど書いてないんだよなー汗)

 

 

 

自己認識ワークという恥ずかしいワークを乗り越えたことでw

わたしの中で、自分自身に対する雑音が消えていった気がする。

 

 

 

というわけで、あのしち面倒臭い自己認識ワークはもういいじゃないか、と思う反面、

はっしーさんのもとワークショップに参加したらどうなるかな、という気持ちもあり、

ちょくちょくハッシーさんのブログをチェックしてます。

そして、今朝、見つけた。

すでに募集開始。そして満席。(えーんTへT)

 

 

 

でも、ちょうど仮想通貨に関することを書いていらしたのです。

仮想通貨、中国が取引停止だとか、それが実はフェイクニュースだった、と思ったら、

仮想通貨と現金の取引は禁止された(仮想通貨同士の交換はOK)とか

JPモルガンのトップが「仮想通貨をやる奴はアホだ!首だ!」的な発言をした、とかでダダダと落ちたり。

いろいろです。

 

 

 

15分で数万の変化なんて当たり前なので><難しい。

わたしもお兄ちゃんがいなかったら(下がっちゃたよー><、もう少し待てwというやりとりを何度したことか)

心折れていたと思われます。

 

 

 

でも突き詰めると、ブロックチェーン技術を信じるかどうかという、

そこなので、もう儲けたいという欲だけじゃメンタルがもたず、

こっちの世界にいったら面白いじゃん!というのが根底にないと難しい気はする。

新しいものが好き、変化の真っ只中を感じたい!とか。

(でも投資慣れしている彼は、深入りせず、短期間でサクッと儲けている。

 その姿勢はマジで投資慣れの問題なんだと思ったぜ。うらやましー)

 

 

 

 

あ、で、はっしーさんが仮想通貨について書いてました。

https://ameblo.jp/padme94/entry-12310362515.html

(お金への思いははっしーさんのブログにわかりやすく)

 

 

 

仮想通貨を通じてやっぱ、お金のあり方は変わっていくのねー!

どんな感じになるんだろう!そこは是非、見てみたい。

 

 

 

情報操作ね〜、あるよね〜と思います。

今の段階では情報操作が政府民間あるグループ、さまざまなレベルでまだ可能なんだろうな、と思います。

 

 

 

 

とはいえ、私も全然仮想通貨については、聞きかじりのレベル。

はっしーさんの金融ワークショップにすっげー参加したいや、という結論です。

 

 

 

 

では。いってきます。

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  • 2017.09.18 Monday
  • 16:30

 

 

 

 

自分を表現するフォーマットがよくわからなくなった。

苛立ってくる。

苛立ちと組み合って鬱々とした時間が過ぎていく。

 

 

 

空白の時間。空白の時間が過ぎる。

寝ているような。瞑想のような。

 

 

薄べったい。のんべんだらりとした時間。つまらない。

 

 

フォーマットは制限だ。

あるいは、フォーマットは仕事だ。

その制限を探している。

 

 

 

自分の中に降りていくのが難しくなったのかもしれない。

私の内省も止まってしまって、これ以上進めないのかもしれない。

あるいは、これ以上の内省が怖いのかもしれない。

 

 

これ以上の内省を進めるためにも、私にはフォーマットが必要な気がする。

瞑想ですか?運動ですか?

 

 

誰か。何か。教えて。

やみくもに薄まって、ぼんやりと広がっていく自分をまとめて、

圧縮して一点に絞り込んでくれるフォーマットを探している。

歯磨きのチューブのように。わたしをまとまって絞り出してくれるもの。

 

 

 

せっかくの台風一家の天晴れな1日が、

読書と苛立ちの中で過ぎていく。

 

 

読書。

読書をしていると、本の世界に没頭して現実感覚が薄くなってくる。

友人への連絡。友人との食事。

そういうものが遠い世界のものに思える。

誰かが実在して、私からの連絡を待っているということが

むしろ小説の中の出来事のように思える。

 

 

私は孤独で、この孤独の中で頭の中にあるこの世界が現実に思える。

 

 

 

 

昨日から今日にかけて作家の本を読んだ。

 

 

『若き作家の告白 ウンベルト・エーコの小説講座」

この時作家は76歳。50歳から書き始めた作家は、まだ30年にも満たないキャリアしかない。

だから、自分は若い作家なのだと作家はいう。

 

 

この中で記号学の大学教授でもある作家は話す。

「アンナ・カレーニナは実在の人物ではないのに、なぜ人は彼女が自殺したことに涙できるのか?」

 

 

実在ではなく、「揺れ動く人物」であるフィクションの登場人物たちは、

フィクションであるがゆえに、「自殺しなかったアンナ・カレーニナというのは考えられない」。

 

 

でも、たとえば、ヒットラーは地下壕で本当に死んだのか?という歴史的事実に関することには

いくらでも疑問がつく。本当は生き延びてうんぬんかんぬんってやつだ。

 

 

面白いね。アンナ・カレーニナは事実ではないが故に、確固たる性格を持ち、その行動特性は変わらず、読者はいつも永遠に失われることのないアンナ・カレーニナに触れることができる。なぜなら、トルストイが、そう書いたから。

 

 

だから、読者は自分の父親の内面についてよりも、アンナ・カレーニナの内面について詳しい。

 

 

小説ってね。面白いね。

小説の中のほうが、よほど人々は率直で人間らしく親しみやすいじゃないか。

 

 

 

昔からよく、どこ”で”生きているんだろう?と思った。

どこの部分が真実らしい私なのだろう?

 

 

それは本の中?観念の中?

それとも運動をしている時の肉体の充実か。

それともいつか降ってくる使命によって明かされるのか。

 

 

どこで?

体で、精神で、魂で?

 

 

この質問は何を意味するのだろう?自分でいっておきながらよくわからない。

充実感はどこにあるのか、という質問では気がする。

充実感はどこにでもある。学校の文化祭でも、自分で立てた目標達成でも

夢中になってやるカードゲームでもカラオケでも。

そういうことじゃないんだ。

 

 

どこで生きているんだ。

私はどこで生きているんだろう。

 

 

問いはいつも、一瞬のうちに答えの予感と一緒にやってくるのに、

この問いの予感は、いつも簡単に見失ってしまう。

 

 

これを見失うと危ない。

危ないから、見失う前に、買い物に行き、ご飯を食べ、運動をしてくる。

そうして、きっと、しばらくしたら、また違う気持ちで、

想像できる範囲で、活力を持って、自分のworkに取り組もうという気持ちに、

あっさりと、まるで少し前の私を裏切るように、あっさりと。

 

 

 

「床でも磨いてレモネードをつくっているうちに、

悩みごとなんてすっかり忘れられてしまうのだから」

(そんな格言をどこかで見たことがある。そして、これはきっと本当)

 

 

 

海軍にいってみて、男性の哀しみがあるとしたら

  • 2017.09.16 Saturday
  • 08:16

 

こんにちは。

 

 

海軍兵学校のことを。

 

 

これまで戦争に対して私は感情的な反応しかしてこなかったと思うの。

見て来た映画も「白旗の少女」「ひめゆりの塔」「この世界の片隅で」とか。

書籍も「裸足のゲン」とか「アンネの日記」とか。

 

 

ここでの登場人物たちは、私と同じ普通の人。

普通の人がこのような目にあう、なんて戦争って酷いんだ!という反応。

兵隊が主役の映画を見たのって「ビルマの竪琴」くらいかなぁ。

 

 

でも、海軍は戦争の中枢に近いんだよね。

 

 

海軍兵学校に行く前に父に、書籍を2冊もらいました。

1つは、海軍の教育内容を書いた新書。

海軍は思考力・英語力・マナーなんかも重視していて、いい教育をしていたんだな、とわかる。

でも、この本で面白かったのは、最後の半藤利一との対談で語られた「なぜ日本は戦争に負けたのか」というところ。

 

 

日本の石油とか科学力、国力がアメリカに劣っていたからなんだけど、

どうしてそうなったのか、っていうところに組織の問題というか、

人の習慣とか思いグセの問題があるんだよね。

 

 

たとえば、アメリカは武器の製造を民間企業にリードさせていて。

こういうのは、ものづくりに慣れている民間企業のほうが得意なわけで。

一方日本は全部軍がやらなきゃっていうプライドがあった。

 

 

飛行機もアメリカは縦に並べて積んで運んでいたけど、

日本は、羽をおって横に並べて運んでいた。

こりゃ、全然効率が悪いですよ、と。

 

 

 

合理的精神に欠けたんだな。

 

 

この合理的精神に欠ける部分がさ、

強い気持ちを生んだり、協調性とか自制心とか武士道とか

いい面もあったのだろうと思うのだけど。

 

でも、たとえば、砲弾の精度が低いから改善要求をしても、

「訓練の練度がたりないせいだ」で済まされたり。

レーダーが必要っていっても、「大和魂はないのか」と罵倒されたり。

 

 

それで、これが特攻につながっていくんだと思うんだよね。

 

 

この特攻のこともちょいちょいググったりしたんだけど、

特攻を考えた人ってね、

これだけ戦局が悪くなってきて、もう日本が負けるかもしれない、

体当たりしかないんじゃないかっていうのと、

その一方で、

「部下に負け戦ばかりではなく、

戦果をあげる戦いをさせてあげたい」っていう思いもあったみたい。

 

 

これ時代背景を考えたら、とてもとても純粋な気持ちだと想います。

だから切なくなる。

「あなたのため」という暴力は現代でも形を変えて多々見られらますけれど、

現代では「あなたのため」の裏には「わたしのため」という個人が見えますけど、

この時代の人はいつも「国のため」なんだよね。

それが引き起こした悲劇を考えると、ただただ切ない。

 

 

 

特攻を考えた人は、終戦と同時に責任をとって自殺します。

特攻隊を送り出すときも、「あとから俺もいくから」と言って送り出したので、

その約束を守ったという。

 

 

でも、人間の組織が興味深いのは、

特攻を考えたのは、この方1人と記録上ではなっているけれど、

実は、同じようなことを考えた人はたくさんいる、と。

でも、責任をとって亡くなったのはこの方一人で、

だから、この方が発案者ということになっている、というね。

 

 

 

そういうさ、人が集まった時に歪む事実ってあるよねーと思う。

ものごとは単純じゃない。

 

 

単純じゃないし、なかなか正確には伝わらないし、

その人の行為の裏側にある想いも、実際に誰が

何をしたのかっていうこともわからないよね。

で、こういう単純じゃないことの記録の集まりで

第二次世界対戦とか日本の近代史とかって

語られているんだろうな、と思うわけです。

 

 

 

もう一つ、父に勧められたのが吉田満著「戦艦大和ノ最期」。

これは、戦艦大和の生き残りの人が書いた本です。

アマゾンレビューを見ると、事実と違うことが書いてあるらしいので、

ノンフィクションではなく小説として読むべきという意見が多いのですが、

(GHQの検閲を受けて改変されているので初稿を読むべしとの意見も。

 でも初稿は出版されていないと思う)

文章が文語体で「ワレヲ待ツモノ出撃ニ他ナラズ」という調子で書かれていて、

迫力がすごい。

 

 

戦艦大和って日本が誇る、まぁ、超でかい戦艦です。

沈まないって言われていたのに沈んでしまったという、

それくらいの知識しか私にはなかったのですが。

 

 

戦艦大和が最後、どうして沈んだかってみなさまご存知ですか?

最後、沖縄本土に上陸されるかどうかという瀬戸際あたりで、

大和が突撃していくんだけど。

要は万策尽きて、「特攻してくれ」ってことなんだよ。

 

 

「戦艦大和ノ最期」によると、

大和は海で戦って、もしも成功したら、陸にあがって戦うために銃ももたされていて、

どこまでいっても戦って死んでくれっていう。

 

 

この作戦の内容は、士官以上には知らされていて、

船の上で出撃まで大議論が交わされる。

 

 

「国のため、君のために死ぬ それでいいじゃないか それ以上になにが必要なのだ

もって瞑すべきじゃないか」

「君国のために散る それは分る だが一体それは どういうことととつながっているのだ 

俺の死、俺の生命、また日本全体の敗北、それを更に一般的な 普遍的な何か価値というようなものに

結びつけたいのだ これら一切のことは一体何のためにあるのだ」

 

 

で、その根性を叩き直してやると鉄拳の雨になり乱闘になるのですが、

これを悟すのが大尉。

 

 

「進歩のないものは決して勝たない 負けて目覚めることが最上の道だ

日本は進歩ということを軽んじすぎた 私的な潔癖や徳義にこだわって、本当の進歩を忘れていた

敗れて目覚める それ意外にどうして日本が救われるか 今目覚めずしていつ救われるのだ

俺たちはその先導になるのだ 日本の新生にさきがけて散る まさに本望じゃないか」

 

 

この発言によって、乱闘はおさまった、と。

この発言をした大尉、この時、21歳ですよ。信じられます?

てか、士官のほどんどはこのくらい。

筆者の吉田満は22歳でこの本を書いています。

そして、当時の大学入学率は10%も満たないので超エリート。

筆者が出撃前の一時休止の時に本を読むシーンがありますが、

もっと色々知りたかっただろうなぁ、と思います。

 

 

特攻ができるというのは、現代でも自爆テロがありますけれど、

そういった類のものは、もう洗脳が完了していたからできたのかなと思っていたんです。

ある意味で、洗脳が完了して、そこに迷いがない状態のほうが幸せかな、と。

 

 

でも、全然違った。

それに、軍のほうでも死ぬことを良しと思っているわけではなく、

40を過ぎた老兵で一家の働き手となる人は船を下ろさせたり、

家庭状況を詳しく聞いて、問題はないか、というのを確認したり。

 

 

 

筆者が上官から、出撃前に

「君は一人息子だな、問題はないのか」

「ありません」

「本当にないのか」と言われてなんと答えるべきか逡巡し、

上官の怒りを含んだ顔を見るというような描写があるのですが、

上官だって、部下を無駄に死なせることへの怒りと悲しみがあり、

それをどこにも出せないのだろうなと。

 

 

当たり前だけど、みんな無駄に死にたくない。

無駄に死にたくないけれど、抗えない。

 

 

「特攻希望者一歩前に出よ!」と言われると、

つい体が前に動いてしまう、という話もありました。

 

 

大和には3300名がのって、生還者は300名にも満たない。

神風特攻には4000名がのって、終戦の日、8月15日まで続けられた。

 

 

陸で見る最後の桜を目に焼き付けて、

最後の羊羹を「ウマシ」と食べて、

母のことを想い、

恋愛を知らず誰かとの絆なく死ぬのは幸福なのか、と考える。

 

 

 

特攻隊の公開されている遺書には、

良いことしか書いていないけれど、

書けなかったことがたくさんあるんだ。

 

 

 

ただ死ぬために、死ぬ。という。

 

 

なんだろうね、この狂気。

http://fummyspirit.jugem.jp/?eid=392

上の記事でも書いたけど、

女性の悲しみと女性の幸福というのは自分が女だから、少しわかる気がしていたんだけど、

男性の悲しみと幸福というのはなかなかわからない。

でも、戦争で男性に組織のために死ねというのは、男性に対する立派な虐待なのだなと今回想いました。

そして、その虐待を癒すために語られる場、癒しが入りこむスペースがあったのだろうか、と思う。

 

 

敗戦によって、戦争中にしたことが全て悪としてなかったものとして押し込められてしまっては、

癒される隙間がなくなってしまう、ということを今更どうしようもないけれど、

悲しく感じる。これは戦争賛歌とは全然違う。

 

 

こういうことがどういう風に男性と女性の集合意識に影響し、

私にあの人に影響を与えているのだろうか、と思う。

 

 

 

生きるというのはありがたいことです。

自分の好きなことをやればいいじゃん!というのはその通りだし、

それが基本だと思うし、もしも日本人がその思想を持っていたら

太平洋戦争はここまでの悲劇を招かなかったかもしれない。

それとは別に、他の人のことを考えることで生まれる人間も

また卓越した美しいものがあるな、と思います。

 

 

自分の好きなことをやるというのは、自立するということで、

他者のことを考えるというのは、そのあとに起きることなんだろうな。

どっちかっていうと自立がたりない日本では、自分自分!とあえていうブームが今きているってことなんでしょう。

 

 

その両方がよりよき世界をつくるように働くといいんだよね、きっと。

 

 

 

 

長々になりました。

では、良い1日を。

 

 

追記 http://fummyspirit.jugem.jp/?day=20170818で東南アジアのアート展覧会サンシャワーについて書いたけど、広島にいってさらに東南アジアの歴史についても知りたくなった。歴史的な出来事によって人の意識、集合意識というものが何を蓄積していったのか、知りたいと思う。

広島旅行 しまなみ街道 雑感

  • 2017.09.13 Wednesday
  • 22:30

 

 

こんにちは。

 

 

広島旅行からもどりました。

ペーパードライバー講習にいって、レンタカーをしての3泊4日の旅行だったので、

疲れた。なんだかんだ運転面ではスパルタでした。

でも、充実の旅でした。

 

 

1日目 広島空港⇨呉(軍艦カレー)⇨江田島の海軍兵学校⇨呉⇨三原で宿泊

 

(海軍兵学校の校舎。「これの2倍の長さが戦艦大和です」とのこと。でか過ぎて、写真におさめられません。第二次世界大戦および海軍兵学校について私が書きたいこともなかなかおさまらない。

 

特筆すべきは、案内係りの方が、キミマロのように面白かったこと。才能をお持ちである。現在もここ江田島では自衛隊が指揮官を養成しており、指揮官たるもの地声が通らなくてはならぬ、ということで向こうの山から叫ぶ訓練があるらしい。係りの方も年配でしたが、非常によく通るお声をされていた。

ちなみに”向こうの山”、禿げた岩の見える山まで走って20分で登るらしい。広島の弥山は平均17分で登頂とのこと。自衛隊恐るべし・・・

 

そして、この学校にいってわかったこと。祖父は、死を覚悟してこの学校に入ったんだ。ただの進学とはわけが違うのだ)

 

 

 

(呉の街並み)

 

(待ちの中にある潜水艦 どーんとあります、どーんと。)

 

 

2日目 三原⇨尾道(尾道ラーメン)⇨しまなみ街道(絶景&展望台を攻めるw)⇨今治(タオル購入♡)に宿泊

 

 

(映画のロケ地で有名な尾道。ぽんぽん岩。岩をたたくとポンポンといい音がします)

 

 


(しまなみ街道は、広島県と愛媛県をつなぐ島々を縦に走る。多田羅橋の途中に県境がある。

 とびしま街道は、しまなみ街道の真ん中、大三島から横に向かって広島県までのびる島々)

画像は、フェリーの会社からお借りしました。http://www.omishima-bl.net

 

 

(こんなに綺麗なのよ。今治に最も近い大島の亀老山展望台からの景色。雨が降る前日でもやっとしています)

 

 

3日目 今治⇨しまなみ街道(レンタサイクル電動自転車最強w)⇨神社⇨フェリー⇨大崎上島の温泉宿

 

(伯方の塩で有名な伯方島にある開山公園の展望台から。夜のうちに雨は過ぎ、天晴れ。地球は丸いのです)

 

 

(昼は桃のケーキ。ケーキというか、ほぼ丸っと桃。長めの良いカフェ。老若男女観光客で賑わっていました。

 インスタ映えだ、インスタ映え)

 

 

 

 

(夕方だから、色が暗いけど、左にある橋を自転車でわたってきた。空の合間から差し込む光が美しい。車を降りて、自転車で走ると、地に足のつく爽快感。坂道をノーブレーキでサァアアァッとくだる楽しさは「最高かよ!」。と、すれ違った男の子が言っていたのですw)

 

 

(連れの友人が行きたいと言ったので、寄ってみた大山祇神社。なんと日本の総鎮守。半端なく気がいいです。2600歳の御神木が美しい)

 

 

 

(港はこちら、という案内に従って運転したのだけれど、「え?どこどこ?」というくらい小さい。船には、車をバックで入れるのです。心配だ、といったらチケット売り場のおばちゃんが「だぁいじょうぶだって!笑」と明るく一蹴。広島の人って、明るい。ちなみに右は、”波止場の男ごっこ”に興じるワタクシ)

 

 

 

(フェリーが到着するところ。乗船時間は15分くらいだけど、船乗りのおじさんたちに「東京からきたんか?」「東京もんらしい顔をしとる!」「コーヒーでものまんか」など絡まれて、あっという間に到着。着いた先の港では、フェリーがつくのを、いかにも1日の労働を終えましたという男たちがまっていて、すぐに乗り込んできた。この船は、これから今治にいくらしい)

 

4日目 大崎上島⇨フェリー⇨とびしま街道(昔ながらの街並み、お抹茶)⇨広島空港(お好み焼き)

 

(朝は5時半に起きて朝日を拝む 5時55分が日の出です。ちなみにこの旅館、朝食がすこぶるおいしかった。この島でとれる海鮮やレモンやブルーベリー。近くの島でとれるかぼちゃやトマトなんかの野菜をつかったもの。もずくの味噌汁おいしかったな。どれもフレッシュで口の中に入れてから爽やか。ところで、今回わかったけど、ホテルでも眠れるようになった。万歳)

 

 

(こういう道をいくんです。島の道はカーブばっかり。カーブ練習ノック1000本マジで)

 

 

(御手洗という昔の風景が残る町並みを散策)

 

(家の前には簾にお花が。街をあげてのおもてなし)

 

 

(「どこ行きたい?」「お抹茶飲みたい」ということで行って見た白雪楼。お抹茶目的だったけど、2階は住みたいほどの美しさ。襖と襖の間を風が流れ、エメラルドグリーンの海が眼下に。木々も周りに感じられる。最高の立地。ここで蘭学をしたそうな。尾道も俳句がたくさん残っているけど、美しい景色は何かをうむのね)

 

 

 

こんな感じでした。

写真よりも実物はもっと美しい。

 

 

山田洋次監督が、大崎上島で「東京家族」という映画をとったそうな。

監督の詩が書いてあったのですが、「瀬戸内海は日本のふるさと」

本当にその通り。どこか懐かしく、知っていた感がある。

 

 

 

海沿の通りにちょびっと飛び出した波止場(?)に置かれたベンチに座って、

友人と「いいねぇ」「綺麗だねぇ」とはしゃいでいたら、

釣竿を持ったおじいちゃんがすれ違いざまに「いらっしゃ〜い」と言って通り過ぎていった。

 

 

この一声が、今回の旅を象徴しているよう。

瀬戸内海はなんだか懐かしく、あたたかい。

 

 

 

 

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