欲望と希望は違う

  • 2017.04.26 Wednesday
  • 00:19

 

こんにちは。

先日、実家に帰ってしまって、書けなかったので、ノートにメモしていました。

それを思い出しながら。

 

 

これまでの自分の人生を振り返ると、

(こっから数十行振り返るので☆☆☆まで飛ばしてください・・・)

中学受験をしていいところに入って、

大学もそのままいいところに入るべきなんだろうな、と思いつつ、

「そういうことじゃないんだよなぁ」という気持ちをぬぐえず勉強できず、

適当なところに行き、(でも、いいところに落ちた時は一丁前に落ち込むw)

将来のことなんて考えるのが嫌だったので、

ただ文章が好きだったという理由で文学部に入り、

友達をつくろうという気力もなく、のらりくらりしていたら

ほとんどのサークルの新歓を逃してしまい、

新歓を遅くまでやっていたのが唯一の出版サークルで、

ここでも文章が好きだったので、迷わず入り。

そして、文章が好きということしかわからなかったので、出版社に入りたかったのですが、

自分にはそんなセンスも体力もないため、

友人から出版社の入社に優位らしいという噂の

某大学の某学科を聞き、勉強して途中から入学(ダブルスクール)

エリートとして電通、朝日新聞、NHK、集英社、日本テレビと

のきなみ優秀な就職を決めていく友人たちをしりめに

「そういうことじゃないんだよなぁ」という気持ちをぬぐえず、

真面目に就活で自分の長所を述べたりすることもできず、

でも文章に関わること以外で、まともな社会人になれるとは思えず、

編プロに入りました。(でも、いいところに落ちた時には一丁前に落ち込むw)

入ってから、どうして私は給料とか福利厚生を重視しなかったんだろう?とハッとしたくらいに

安月給でブラックに染まった会社でした。

そこに2年間いる間に鬱で同期は次々退職(先輩後輩含めると退職率75%くらいだったw)。

それから、比較的まともな会社に脱出(転職)。

雑誌をつくりました。

最初の3年くらい?は契約社員で、正社員との差(仕事はこっちが大変なのにボーナスがないとか)に恨みつらみを抱えていました。

そこで6年以上いたと思うんですけど、毎月毎月出すのに疲れて、「休みたい」と口走るようになったころ、

彼氏に「本気で仕事をやりきってから退職しないと何がいやだったのかわからなくない?本気でやれ!」とハッパをかけられ、

マジで本気で仕事したら、適応障害を発生(最後に最高の仕事ができたので悔いはないです)。

そこから1年休職しました。

基本的に休むなんてできない人だったので、

3ヶ月足らずで顔のマッサージをこっそり開始。

そのまま音叉習ったりね。

この流れで、顔のマッサージをやる私とヒーリングをやる私がいます。

 

 

☆☆☆

 

振り返ると、私は「すでに社会にある職業につくのは無理だろうなぁ」と昔から思っていたんだなぁ。

でも、どうしていいかわからなくて、自分をそこそこに偽らずに、そこそこに受け入れてもらえそうな社会の中でのポジションを探していた。でも、ポジションに染まり切ることはできなくて、不安を抱えたままいったりきたり。これまでずっとそうでした。

 

今が一番、望んでいた形に近くなってきたのかもしれない。

 

ここに来て、もう一段深く、自分の好きなように生きちゃいなYO!と言われている感じがします。

もう、顔のマッサージとか音叉とかやめちゃえばいいのに、みたいな。

お金稼ぐ必要があるから、やってんじゃないの?みたいな。

んー、そうなのかな?結構好きなんだけどな・・・どうなんだろうというところで揺れます。

実際、お金も必要だしね。

 

 

そうやって、自分の内面をサーチしているうちに、

欲望と希望は違うんだなぁと思いました。

 

 

欲望は、きっと他の人の目線を通して見ている、夢みたいなもの。

モテたいなとか、人に好かれたいなとか、人を招待できる家に住みたいなとか。

働いていたいなとか、いい会社入りたいなとか、褒められたいなとか、認められたいなとか。

人に感謝されたいなとか、人を助けたいなとか。

 

これを叶えるのって、なんか試験みたい。

できるの?できないの?っていう他人の目が入る。

 

他人の目を気にしてできた夢だから、結果のジャッジにも他人の目が入る。

 

できるの?できないの?

 

そういうプレッシャーをはねつけてやるのがカッコいいと思う人もいるのだろうけど、

私は萎縮する。

 

 

希望は、自分の中から出てきたもの。

自分の中から出てきたものだから、結果を待たずに、希望そのものを生きることができる。

 

 

純粋な希望って、なんだろう?

 

 

純粋な希望と自分が一体になったら、とてもいいよね。

それを今、いろんな角度から試行錯誤している感じです。

 

 

☆☆☆

 

 

これまで、瞑想の意味って、よくわからなかったんだけど、

自分の中にある欲望と希望をジャッジャッっとふるいにかけて、

希望をわかりやすく見つけてくれるものかもしれないなぁ。

 

それなら、わざわざ瞑想する意味があるかも。

(瞑想は、歩きながら、料理しながら、踊りながら、いつでもできると思っているのです・・・一応

 てか、最近瞑想瞑想って書いてるってことは、きっと私に必要なんだろうなぁ)

 

 

☆☆☆

 

自分の気づきを夢中でノートにメモしている時、情熱が体を駆け巡り、

まったく寂しくありません。1人だけど、1人じゃない。

夜中に起き上がって、「あ!これだ!」と思ったことをノートにメモする。

そういうことを10代ではやっていました。

朝になって、何書いてたんだろう?と思うこともしばしばですがw

 

卒論を書いている時、私は三畳一間で一人暮らしをしていたのですが(笑)

あの時も、夢中で書いているときは、何かに守られているような気がしました。

 

書いている間は、1人だけど1人じゃない。これは私の希望だなぁ、とわかります。

 

 

読んでくださっている方、どうもありがとうございます。

 

 

 

 

では。

 

 

わたしなりのブロック解除法

  • 2017.04.24 Monday
  • 00:18

 

 

こんにちは。

時間的に前後してしまうのですが、「友人をヒーリングできて嬉しい!」と喜び爆発する前日は、

「自分の本音がわからない」と書いたのですが、それを書きながら、

「なんでこんなこと書いているんだろう?」と思いました。

 

 

翌日、「私は落ち込んでるんじゃん」と気づきました。

(blogを読んでくださっている人には、当然すぎるのかもしれませんがw自分では自分のことはわかりまてん)

 

 

 

落ち込んでいるとはっきり自覚できるといいですよね。

今までは気づけなくて、なんとかなくモヤっとしていても、「不規則な生活のせいじゃないか」とか「私はどうして気力充実で生きられないのか」と自分を責めるorもっと頑張ろうとする方向にいっていました。無意識に。

 

 

でも、今回は落ち込んでいるとわかったので、体のどこにそれがあるのかを感じていきます。

 

 

この落ち込みのエネルギーは、深いところから上がってきた感覚で、解放されたがっているものだな、と思いました。おそらく、今、私がこれまでよりも一段深いレベルで「本当に好きなことをして生きよう」ということに直面しているので、内面の深いところから(前世で好きに生きようとして失敗した時の恐れの記憶なども)、浮上してきたのだと思います。

 

 

イメージとしては、自分の内面にくまなくサーチライトを当てるような感じで、どんなことを自分が思っているのか、いろんな可能性を感じていきます。

 

 

それでふっと「お金のことが不安なんだ」とわかりました。

そう自覚して、一瞬わっと泣いて、それで心が軽くなりました。

 

 

お金が不安とわかれば、あとはその対処法をマインドとスピリットで協力して考えていけばいいので、一安心です。

(とはいえ、ここをどうしたらいいのかは、まだまだ色々出てくるのですが、方向性は見えます)

 

 

泣けるっていうのも、私の場合はいいです。

泣けると、解放されるので。モヤっとしたものを自分で受け止められる形に変えて、1つ解放されたなぁ、と思います。

 

 

よく言われますが、「感情を感じ切れば、それは解消される」ですよね。

感じてみるとエネルギーが光に戻ります。

 

 

「自分を愛するとは自分の感情を感じて尊重することだ」と思っているのですが

(ハチニゲのスピ恋愛講座にもそう書きましたが)

私は自分の感情を感じることが苦手て、ここ最近やっと少しできるようになってきたかなぁと思います。

 

 

昔は「私はこう思っているんだなぁ」と穏やかに思う暇もなくて、とにかく常にブロック解除状態で、

「感情を感じ切る」「イメージワーク」をいつもやっていました。必死w

ブロックがいっぱいだと、解除してもすぐ次が出てくるので、結果あんまり自分の感情がわからなかった気がします。

どれだけ深かったのか、と思いますが、倫理観とか「かくあるべき」がすごく強かったんですよね。今もまだ強いけどもw

 

 

 

そして、面白いのですが、自分でわっと泣いて、晴れやかな気分になったら、

彼氏からの連絡と、くだんの友人からの「ヒーリング今日行ってもいい?」という連絡が来たのです。

こちらのエネルギーがフッと緩んで喜びに溢れると(というより正気に戻るとかしら)、相手にも伝わります。

これ、恋愛している人にはすごくいいよね。狙うとダメなところが難しいけど。汗。

 

 

私はまだ論理的に説明はできないのですが、こういう現象はとてもよくあって、

人は深いところでは繋がっているなぁ、と思います。

 

 

では!

 

 

             

お兄ちゃんと呑んだ話/氏神様へのご挨拶が終了しました

  • 2017.04.23 Sunday
  • 23:50

 

こんにちは。今日は、徒然更新です。

 

 

昨日は、兄と呑んでいました。

行ったお店は、荻窪にある兄の友達が働いている人気のもつ焼き屋さん。

外にいる兄を見るのは、久しぶりですが、

兄は控えめな感じで、でも人とよく喋るので人当たりがよくて、(気が強そうと言われる私とは全然違う)

兄がいると、まわりの頬が少し緩む。笑顔が出て和むのだなぁと思いました。

 

 

 

子供の頃は、私とお兄ちゃんが男女逆だったらモテたんじゃないか、と

お互いに言っていましたが、気質的には今もそうだろうと思います。

そういえば、兄が意味もなく機嫌が悪かったこととかイラついて人に気を遣わせることとか、

はっきり覚えているので1回しかないなぁと思い出しました。

子供の頃は、そういうのは弱さだ、もっと主張せよ!人になめられるな!と私は肩肘はっていたのですがwww、

今となってはいつも穏やかというのは最高の素質だな、と思います。

弱さじゃなかったんだ、、、むしろ、見習いたい。ごめんね、お兄ちゃん。

(私は父の10年一行日記に「今日は、ふみかが朝起きてきたときに不機嫌だったって書いてるよ」と言われる始末w)

こうやって見方が変わっていくので、関係が長く続く家族とか友人は面白いですよね。

 

 

でも、話題は、兄が

「今後、映画マトリックスのように好きな仮想の世界を人間が見ていられるようにテクノロジーが発達すると思う」

というので、私が

「いや、今の現実が仮想の世界であって、目覚める方向にいくのだ。あの映画は未来ではなく今を描いているのだ」と主張し、そこから「目覚めるとはどういうことなの?」「それは主観だろ?主観も大事だと思うよ。でも、それって他の人にも当てはめていいの?」「お前の勘違いでしたってことはないの?」みたいな激論(?)を飛ばすことになったので、頑固なところは相変わらずお互い様。全然意見が違うので、話題は尽きませんw

しかし、ともすれば「スピまんせー!」になりがちな私に、本質的な疑問を投げかけ、こういう人にもちゃんと伝わるように説明できるようになりたい、ということを思い出させてくれる、貴重な人材でもありますw

(ちなみに、ヒーリング初めての友達に、「ヒーリングって紙パンツとかに着替える?服は脱がないでいいの?え。横になって受けるの?」と質問され、びっくり。しかも、グループラインでヒーリング後に飲みにいく約束をしていたので、「やめてくださーい」と慌てて止めるなど。自分の常識は世界の非常識なのであります)

 

 

そのまま、実家に帰りました。

 

 

私の実家は東京の東にあります。

川沿いに建っていて、川の向こうには山が見え、川の土手には緑がいっぱい。

兄が「静かだし、こんなにいい立地のマンションはないよなぁ」と言っていて、

あーそういう見方もあるのか、と嬉しくなるなど。

母は、相変わらず健康にいい食事を工夫していて、

父も猫ものんびり生きてて、なんだか癒されました。

 

 

癒されたら、葉山への情熱が若干薄らいだような気がw

いやいや、まだ興味ありますけど。

 

 

           ☆     ☆     ☆

 

 

 

そういえば、氏神様へのご挨拶を終えました。

以前も書きましたが、時々、神様がお客様を通じてメッセージを伝えてくれます。

その時は、お客様が突然

「沖縄のユタに会って転職について相談した時に、

 あなたはまだ東京の人間になれてないのよ。地に足がついてない。

 まず実家の氏神様にご挨拶して、それから引っ越してきたところの氏神様、

 転職する前の会社の氏神様、今の会社の氏神様に挨拶しなさいって言われたんです」

とお話されました。

 

 

普段、そういうことをおっしゃる方ではないのですが、

私もそうした方がいいんだろうな、と思って、

年明けから、実家の氏神様と、麻布十番の氏神様に挨拶をし、

ちょうど今日、時間があったので西麻布の氏神様に挨拶をしてきました。

(その前に住んでいた横浜の家は氏神様を訪ねていたので、ヨシとしました)

 

 

麻布十番もだけど、西麻布の氏神様が素晴らしくてね。

都会なのに緑があって、優しく、とてもいいエネルギーだなぁと思いました。

 

 

これで私も西麻布の人間として受け入れてもらえたかしら。

なんとなくホッとしました。

 

 

ミッドタウンのほうにある赤坂日枝神社にお参りした時も、

素晴らしいエネルギーで一気に六本木が好きになりました。

これで私、六本木でやっていけるかも、と感じました。

 

 

もしも、今の土地で落ち着かないという方がいらしたら、

氏神様にお参りしてみるのもいいかもしれません。

神社庁に電話したら、教えてもらえますから。

 

 

では!徒然でした。

 

 

 

 

 

 

うれしいこと 友人にヒーリングをした話

  • 2017.04.21 Friday
  • 22:57

 

こんにちは。

 

今日は、嬉しいことがありました。

全然眠れないままめっちゃ働いていて全然スピに関心がない友人が、

積もり積もった体調不良と私のスピへの真剣さがわかって興味を持ってきた、ということで、

初めてヒーリングを受けに来てくれました。

 

 

どうなることかと思いきや、

すごいスッキリして帰っていきました。

「年に2、3回スッキリ目覚められる時があるけど、そんな感じ!

 頭も体も軽い!」ってさ!

(言ってることの8割は理解できなかったけどって笑。

 全然わからなくて、いいよ。感じてくれれば!ね。)

 

 

嬉しい!震えるほど、嬉しい。

 

 

 

 

スピを知らない周りの人をヒーリングするのって、すごく難しい。

親しいからこそ、ヒーリングに来なよ?って誘うのは、

ともすれば、「あなたの○◯が悪いから、ヒーリングしなよ」と

責めている感じになっちゃいそうというか。

わたしのエゴでそういう感じになっちゃって、失敗した時もあったけど。

 

 

でも、周りの人を見ていて、スピ的には「こうしたらいいんだろうなぁ」と思いながら、

手出しができないでいるのも、結構辛いものがあったから。

 

 

だから、ここ20年くらい友達だったけど、今回初めてヒーリングに来るという運びになって、

そしてまた来るね!と笑顔で言ってもらえたことが嬉しい。

 

 

自分が大好きなスピリチュアルが、知ってもらえるのは、とても嬉しい。

 

 

micaさんが「周りの人をヒーリングするのは、難しいんだよ。

自分にギャップがあったらできないから」と言っていて、

ちょっと前まで、「ああ、だから、私にはまだできないのかもしれない」と思ったのだけど、

今回のことで少し自信がついた。

 

 

私のギャップも埋まってきているのかもしれない。

私にとって、祝福となる1日でした。

 

 

では!

 

 

 

ちなみに、友人からはお金はもらってない。

てか、このヒーリングで今までお金をもらったことがない。

お客さんからはお金もらって、友人には無料って、なんか不公平感があるから、

もうこのヒーリングは無料用にとっておこうかなぁ。

お金がハードルになって、やっぱ行くのやめようと思われるのはイヤだ。

とはいえ、それを知らない人とかお客さんとか全員にする器は私にはないのだけど。

 

お金のことを一度ちゃんと考えないといかん。

 

 

 

自分の本音がわからない時

  • 2017.04.21 Friday
  • 00:43

 

何が本音なのか、時々わからなくなります。

そういうときは、大抵、寂しいときなのかなぁ。

 

 

何が本当に欲しいのか、わからなくなるとき、

「欲しいものは全て現実化しているよ」という言葉を思い出します。

 

今、この現実は、私が欲しいもので溢れている。

そうれであれば、誰も羨む必要も、責める必要もなく、

ただ、「はい、そうです、これが私の欲しいものです」と

素直に言えたら、いいのにな、と思います。

 

 

まだ、人生は続く。

変な人の先輩 坂爪さん ごちゃまぜの家をつくりたい

  • 2017.04.21 Friday
  • 00:40

 

こんにちは。

 

今、わたし引っ越しくらいで、変な人になるのかな、と迷っていますが、

家そのものを放棄してしまった変な人の偉大な先輩(私より年下だけど)として、

坂爪さんという方がいます。

 

坂爪さん、同棲していた彼女と別れたのがきっかけで家を出て、

家を出たら、いろんな人がラーメン奢ってくれたり、家にとめてくれたりして、

そのうち、県外にも交通費払うから来なよっていわれて、

それが、海外まで広がるようになって、

ついに2年後、熱海の家をもらって、住むようになりました。

 

 

でも、人からもらった家だから、みんなの家にしようと思って、

誰でも来ていいよ、っていう家にしています。

 

 

その坂爪さんが、ごちゃまぜの家をつくりたいといって、

クラウドファンディングしています。

 

 

坂爪さんの希望は、「家族をとかしたい」。

家族って、いろいろあるもんね。

 

 

今、家族の形が変わりつつあって、私はずっと昔から家族が欲しい派ですけど(笑)

誰とでも家族になれる形というのは、とても新しいのだろうな、と思います。

 

 

1人では生きていけないもの。

誰かの素朴な思いやりに触れながら、息を吹き返して、生きています。

 

 

いろいろな思いは、坂爪さんが書いてますから、そちらで。

https://camp-fire.jp/projects/view/26181

 

           ☆     ☆     ☆

 

 

今日は、レナード・ジェイコブソン。ちょっと長いけど。

 

「マインドレベルの愛

 

マインドのレベルでわたしたちが愛と呼ぶものは、愛とは言えません。

より、正確に呼ぶのであれば、マインドのレベルの愛は必要性だと言えるでしょう。

一時的でも孤独を避けることができるので、わたしたちは絶えず愛を追い求めるのです。

ところが、わたしたちは独りきりなので、

マインドのレベルの愛は最終的にうまくいかないようになっているのです。

そして、これが多大なる祝福なのです。

なぜなら、孤独の状態に投げ込まれるという可能性があなたに開かれるからです。

実存(プレゼンス・今この瞬間)のレベルでのあなたは誰なのかという真実を発見できるのは、独りで在る時だけです。

すると、必要性に基づいていない、まったく新しい愛という体験をあなたは知るでしょう。

これがまさにあなたの性質なのです。

これがこの瞬間に存在しているときの、あなたは誰であるかということです。

あなたは愛で満ち溢れています。

あなたは愛で溢れんばかりです。

そして、愛があなたを覆い尽くしています。

マインドのレベルであなたが誰かを愛しているとき、

あなたは与えることはできるのですが、常に何らかの見返りを求めているのです。

それは注目や崇拝かもしれません。

属しているという感覚かもしれません。

必要とされている感覚かもしれません。

特別だという感覚かもしれません。

そして、見返りが得られないと、

愛は忽然と消えていくのです。」

 

 

レナードに会いたい。

レナードとともに今この瞬間にいて、純粋さでいっぱいになりたい。

と思いながらも、東京で独りでいて、それができるようにならなきゃ、

いつまでたっても変わらないんだろうな、とも思います。

プレゼンスの中に入っていく時間が必要です。

 

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